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仙台地方裁判所 昭和32年(ワ)378号 判決

原告 東北銅鉄合資会社

被告 国

国代理人 真鍋薫 外二名

主文

被告は原告に対し、金二五万円およびこれに対する昭和三二年九月八日以降支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄卸する。

訴訟費用は一〇分し、その七を被告の、その三を原告の各負担とする。

この判決は、原告において金八万円の担保を供するときはその勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事  実 〈省略〉

理由

成立に争のない甲第一〇号証(仙台地方裁判所昭和二六年(ワ)第三八九号事件の判決正本)によれば、原告会社と訴外海上静との間の仙台地方裁判所昭和二六年(ワ)第三八九号売買代金請求事件において原告会社が海上との間に昭和二六年四月七日締結した径一三ミリ丸鉄棒七、〇〇〇キログラムの売買契約に基き、右海上に対し三五万〇、九一一円の売買代金債権を有することを認め、海上に対し、原告会社に右金員を支払うべきことを命じた判決のなされたことを肯認することができ、右判決が昭和三〇年五月二六日確定したことは当裁判所に顕著である。

そして原告会社が右売買代金債権の内金三〇万円の債権の執行を保全するため、右判決確定以前である昭和二六年四月二五日仙台地方裁判所に動産仮差押命令を申請してその決定(同裁判所昭和二六年(ヨ)第六五号事件)を受けたこと、右仮差押命令の執行の委任を受けた同裁判所々属執行吏井上弘が翌二六日海上方に臨み、同人の占有する丸鉄棒五、八九一キログラムを差押えたこと、および右差押物件を海上に保管させるに当り、同執行吏は同物件を右海上方材料置場内のところどころにまとめて縄で一、二箇所しばつただけで、物件自体には封印そのた差押の表示をほどこさず、単に右物件の所在場所から二〇間余、離れた海上居宅の玄間内側に債権者債務者の氏名、差押物件、保管者名等を表示した公示書を貼付しただけで、右差押物件を同材料置場に多数存在する同種物件から区別できるような措置をとらなかつたことは当事者間に争がない。

いずれも成立に争のない甲第三号証の二、第四号証の二、第五号証の二、第六号証の二、三、第七号証の二、第九号証および証人海上静の証言を綜合すれば、当時海上は訴外株式会社氏家組から、同社が訴外宮城県から請負つた石巻漁港修築桟橋工事の鉄筋加工工事を下請負し、本件仮差押に係る丸鉄棒も右工事に供するために購入したものであるが、右のとおり差押物件たる公示方法が不完全であつたところから、差押執行後一〇日ほどたつたころ偶々海上の留守中氏家組において右差押物件を運搬してその桟橋工事に使用してしまつたことを認めることができる。

そもそも有体動産に対する仮差押の執行は、民事訴訟法第七四八条、第七五〇条第一項、第五六六条の規定により、有体動産が債務者の占有中にあるときは原則として執行吏がその物を占有してこれをなし、ただ本件の如く債権者の承諾あるときは債務者の保管に任ずべきものであつて、この場合においては封印その他の方法をもつて差押を明白にするときに限りその効力を生ずべきものであるところ、前記の如き執行方法をもつてしては、到底仮差押を明白にする方法を採つたものということはできないから、右物件に対する仮差押の執行はその効力を生じなかつたものというべきである。従つて原告会社は右仮差押をもつて氏家組に対抗することができず、そのため右仮差押によつては前記債権の執行保全の目的を達することができなくなつてしまつたものというべきである。

ところで、仮差押は将来における強制執行による債権実現の困難を予防するための手段であるから、これが無効であるからといつて直ちに差押物件相当額の損害が発生するものと云い得ないことは被告の主張するとおりである。しかしながら前掲証人海上の証言および原告会社代表者本人尋問の結果(第一回)によれば、海上は昭和二七年ころからその営む事業が傾きはじめ、その上重い病を得たりして同年末から翌二八年始めころには廃業し全く無資力となつてしまつて将来も回復の見込のないこと、そのため原告会社は前記認定の確定判決を得たものの海上に対して強制執行をするに至らなかつたことを認めることができるから、原告会社としては海上に対し前記認定の売買代金債権を有するとはいうものの、それは実際上無価値なものと云わざるを得ない。そして本来仮差押はこのような債権者の危険を防ぐために設けられた制度であり、成立に争いのない甲第三号証の三、第一一号証、前記甲第三号証の二、証人井上弘の証言によると、本件仮差押物件は、原告会社が前記のとおり海上に売り渡した物件であることが明らかであつて、原告会社は前記売買代金債権につき、本件仮差押物件につき先取特権を有するから、本件仮差押の執行が有効になされていたとすれば、原告会社としては少くとも右差押物件の価格の限度においてはその債権の満足を得ることができたものというべきであるから、原告会社は本件仮差押が無効であつた結果として、その差押物件の価格相当の損害を蒙つたものというべきである。

そうだとすると、原告会社の蒙つた右損害は、前記の如き執行吏の違法な執行々為に因るものであつて、前顕甲第四号証の二、第七号証の二および証人井上弘の証言によれば、同執行吏は債務者海上が差押物件を勝手に処分しないというのを軽信して右の如き方法を採つたことが認められるから、それが同執行吏の過失に基いてなされたことは明らかであるというべきであり、執行吏は国家公権力の行使としての強制執行の任にあたるものであつて、その制度上国家賠償法上の公務員というべきであるから、被告国は原告会社の蒙つた右損害につきその賠償の責に任ずべき義務がある。

そこでつぎに損害額について検討する。成立に争のない甲第八号証によれば、前記仮差押執行に際し執行吏はその差押物件を二五万円と評価していることが認められるが、原告会社代表者本人尋問の結果(第一回)によれば、右差押執行当時における差押物件と同種の径一三ミリ丸鉄棒の時価は一1、〇〇〇キログラム当り五八、〇〇〇円であることが認められるから(この点に関し右認定に反する部分の前掲甲第五号証の二の供述記載および証人海上の証言は信用できない)、この割合で算定すると本件差押物件の価格が三四万一、六七八円となることは計算上明らかで、この時価に比し右執行吏の評価は相当に低廉であると云わざるを得ない。しかしながら一般に差押物件の競売が時価よりかなり低い価格で行われている実情にあることは顕著な事実であるから、本件の如き場合の損害額の判定に当つては右執行吏の評価額をもつてその基準とするのが相当であると解される。ところで本件仮差押が有効であつたとした場合、原告会社がその差押物件によつて債権の満足を得られたのは、前記認定の判決確定の時(昭和三〇年五月二六日)以降であるというべきであるから、右損害額の判定に当つても、昭和三〇年五月末ころの価格を標準にすべきであるが、これを認めしむるに足る直接の証拠はなく、ただ右代表者本人尋問の結果によれば、本件仮差押がなされた当時朝鮮動乱の影響を受けて鉄鋼の値段は昂騰傾向にあり、一時一、〇〇〇キログラム当り八万円にまで騰貴したが、昭和二九年を頂点として以後下降しはじめ昭和三六年一〇月ころには一、〇〇〇キログラム当り四万円にまで下落したことが認められるのであつて特段の反証のない以上右価格の変動は自然な推移をたどつたものと推定すべきであり、それによれば、昭和三〇年五月末当時における本件差押物件の価格も右認定の仮差押が行われた当時のそれと著しい差異はないものと解されるから、二五万円をもつて原告会社の蒙つた損害額と評価するのが相当である。従つて原告会社は被告国に対し二五万円の損害賠償請求権を有するものというべきである。

終に被告の時効の抗弁について判断する。原告会社の右損害賠償請求権についての消滅時効は、原告会社においてその損害の発生および加害者を知つたときから進行するものというべきところ、本件仮差押が前記認定の経緯で無効となり結局債権保全の目的を達し得ない結果となる事態が発生したのは昭和二六年五月始めころであるが、原告会社の右債権が判決により確定されたのは前記認定のとおり昭和三〇年五月二六日であつて、それ以前においては右仮差押の被保全権利たる右債権は未だ確定しないものというべきであるからこの段階においては本件の如く仮差押が無効であることにより生ずべき損害も将来判決によりその被保全権利が確定されたときに生ずる可能性があつたというにすぎず、現実に債権の給付の実現が妨げられ損害が発生したといい得るのは判決によつて原告会社の海上に対する売買代金債権が確定されたとき即ち昭和三〇年五月二六日であるというべきである。そうだとすれば、原告会社が右損害の発生を知つたのもそのときと解すべきであり、原告会社が被告国に対し本訴を提起したのが昭和三二年八月一六日であることは本件記録上明らかであるから、その余の点につき判断するまでもなく、本訴提起当時原告会社の本件損害賠償請求権は未だ時効により消滅していないというべきであつて被告の時効の抗弁は理由がないので採用しない。

よつて被告国は原告会社に対し、前記損害賠償金二五万円とこれに対する本件不法行為の日の後であつて本件訴状送達の日の翌日であることが本件記録上明らかな昭和三二年九月八日以降完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があるから、原告会社の本訴請求は右認定の限度で正当としてこれを認容すべく、その余は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条、第九二条、仮執行の宣言については同法第一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 石井義彦 鍬守正一 落合威)

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